旅レポート
| 2022-05-28

嵐山町に行ってきました!

畠山重忠の居城のあった埼玉県、比企郡嵐山町に行ってきました。
嵐山史跡の博物館では、重忠公が出迎えてくれます。

博物館の外は菅谷館跡。畠山重忠が住んでいたと伝えられます。
現在の城跡は戦国時代の城郭の遺構として当時の様子を現在に伝えるもので「続日本100名城」に選出されました。

城の仕組みは工夫に富んでいて興味深く、当時の戦闘を思い浮かべながら歩を進めると、緑の中に畠山重忠公の像が現れます。

畠山重忠は現在なら身長180cmを超える大男だったとのこと。
静御前の舞の伴奏を努めるなど、音楽の素養もあり、「武士の鑑」と言われて人望もあり、きっと美丈夫だったのでしょう。。

その後、木曽義仲産湯の清水のある、鎌形八幡宮へ行きました。


畠山重忠の居城のあったその地で、木曾義仲も生まれいたというのは奇遇です。
しかしこの地は同時に比企一族の本拠でもあり、頼朝の弟の範頼が比企一族の庇護の下成長したのも、10mキロほど先へ行った吉見町の岩殿山安楽寺です。
つまりここは、武蔵の国にて、鎌倉時代の名だたる武将を輩出した地ということなのでしょう。

さらに、木曾義仲の妻、山吹姫のお墓へ行きました。嵐山町のラベンダー畑のすぐ近くでした。
木曾義仲のもう一人の妻、巴御前とは姉妹だったそうです。
大姫の許嫁、木曽義高の母は巴という説と山吹という説があるそうです。

ラベンダー畑の近くにも小麦畑が沢山ありました。

そして遂に、鎌倉の時間旅行社ちえのケーキに、嵐山町の小麦農林61号が到着しました。

嵐山町産の小麦粉、農林61号を使って、山吹姫のラベンダーケーキを作って、7月より鎌倉の時間旅行社ちえのケーキで販売する予定です。
ずっと行きたかった嵐山町を案内してくださり、さらに麦と麦の穂をプレゼントしてくださった嵐山町観光ボランティアガイドの内田章様、ラベンダー祭の配布用パンフレットを分けてくださり、当地の興味深いお話を沢山してくださった嵐山町観光協会の持田様に心より感謝申し上げます。

シェアする
メールで送る メールで送る
LINEで送る LINEで送る
SHARE SHARE
TWEET TWEET