旅レポート
| 2022-08-06

鎌倉さんぽ(常楽寺ー東慶寺ー亀ヶ谷切通ー岩舟地蔵堂ー海蔵寺ー寿福寺)

古都鎌倉を散歩で巡る「鎌倉さんぽ produced by 時間旅行社」。

第三弾の今日は、姫めぐりコース(大船の常楽寺さんから北鎌倉の東慶寺ー亀ケ谷切通ー岩舟地蔵堂ー海蔵寺ー寿福寺)コースに行ってきました。

鎌倉北条氏ゆかりの寺「常楽寺」

鎌倉市の指定文化財にも認定されている常楽寺はもともと、鎌倉幕府三代執権・北条泰時が1237年義母供養のために建てたもので、当時は「粟船御堂(あわふねみどう)という御堂だったそうです。昔はこの大船のあたりも入り江で、粟を積んだ船がつながれていたと言うことから、この地は「粟船山」とと名付けられたそうです。

北条泰時没後は、法名である「常楽寺殿」から「常楽寺」と名付けられ、また鎌倉幕府5代執権・北条時頼が蘭溪道隆を寿福寺から招いて臨済宗のお寺になったと言われています。

表通りから真っ直ぐな参道を行くと、山門があります。

歴史ある風格が茅葺から感じられますね。

 

 

山門から奥に進むと木陰から仏殿が見えてきます。こじんまりとしたお寺ですがゆったりとした時間が流れ、中世にタイムスリップしたような感じになります。

 

 

こちらにお祀りされているのは、本尊の阿弥陀如来三尊像。

 

裏山には義高を祀った木曽塚

常楽寺の裏山へ。

 

 

裏の民家を通り抜けて15分から歩いていくと木曾義仲の息子「木曽義高」を祀った木曽塚がひっそりとあります。

道中には鎌倉野菜の無人販売があったりするんですよ。

 

 

さて話は義高に戻しましょう。

義高は幼いながら人質として頼朝の元にやってきました。頼朝の長女大姫と婚約していたのですが、粟津で頼朝の軍が義仲を破ったことにより命を狙われます。そこで婚約者であった大姫が女装をさせて夜陰に紛れ脱出させるも入間川で斬られてしまう悲劇の物語は中世から江戸時代にかけては多くの芸能にも取り上げられてきました。

 

 

さて、大船での散歩はこれくらいにして北鎌倉へお散歩。

 

ミシュラングリーンガイド三つ星の東慶寺

 

花の寺として知られており、境内では四季を通じて様々な花を楽しめます。また大地の再生にも力を入れていて、鎌倉で2箇所しかないミシュラン・グリーンガイドにて三つ星の評価を獲得しているのにも納得のお寺です!

現在は、東慶寺さんより以下3つのお願いが出ています。

 

 

1:寺院は神社や教会と同じく、心静かに祈りを捧げる場です。必ず初めに本堂をお参りください

2:豊かな境内環境を目指し、水脈などの改善活動「大地の再生」に取り組んでおります。雑草や落ち葉をそのままにしている箇所もございますが、ご理解ください。

3:境内の空気や植物の美しさをご自身の「心」で感じていただきたく、カメラ携帯電話を問わず、境内における、全ての撮影行為はご遠慮ください。

とのことですの、しっかりと「心」で感じることができるそんなお寺です。

著名な禅寺と比べるとこじんまりしたお寺ですが、ギャラリーやおしゃれなお土産やさんも併設されていたり、いろんな体験教室なども開催されたりととてもモダンなおしゃれなお寺さんで大好きなお寺の一つです。

女性の味方?!「縁切り寺」

 

東慶寺は1285年(弘安8年)に覚山志道尼が北条時宗の菩提を弔う為に創建されました。東慶寺は、縁切りの寺」といわれ、かつて女性が離婚するのが困難だった時代においては、東慶寺に駆け込めば離縁できたようで女人救済の寺として有名なんだそうです。

 

※こちらは数年前に撮影したものです。(今は撮影禁止ですからね。)

 

東慶寺の庭を進むと現れる、小ぶりなかわいい仏さま。

こちらは東慶寺のシンボルですのでぜひ心で感じてくださいね!

鎌倉の古道をさんぽ:亀ヶ谷切通

 

国指定の史跡であり、鎌倉七切通しの一つである亀ヶ谷切通は扇ヶ谷と山内を結ぶ道で、そのさきの武蔵国(現在の東京・埼玉ほぼ全域)に通じる要路だったそうです。現在も生活要路として鎌倉の人々に使用されているので、今回のお散歩中にも自転車を押しながら通る人やバイクで走る人とすれ違いました。

この亀ヶ谷切通は昔はかなり急な坂道だったようで、建長寺の大覚池にいた亀がこの坂を上ったところ急坂のために途中で引き返した(ひっくり返った)ことから亀返坂(かめかえりざか)とも言われるようになったと伝えられているそうなんです。

 

 

北鎌倉側からはそれほど坂にも感じず、木陰から差し込む光と心地よい風を感じながら古道の散歩を今回は楽しむことができましたよ。中世の面影をなんだか感じることができる鎌倉らしい景色を味わえました。

悲恋の物語のゆかりの地ー岩舟地蔵堂

 

亀ヶ谷切通から住宅地をてくてくお散歩していくと、お堂が一つだけ立っています。お堂は最近建てられたもので六角形になっている上品なお堂は大姫の持仏の地蔵尊像がお祀りされています。ここ岩舟地蔵堂は常楽寺のところでも書いた悲恋物語のゆかりの地。

婚約者であった木曽義高が入間川のほとりで惨殺された後は、大姫は病に伏せりがちになったそうです。頼朝は後鳥羽天皇への入内を画策しますが、それを大姫は拒否。1197年わずか20歳という若さで亡くなりました。

岩舟地蔵堂の扉は閉ざされていますが、扉の隙間から地蔵尊を拝観させていただくことが可能です。

海蔵寺と十六ノ井

岩舟地蔵堂を管理している海蔵寺に歩いて行きました。

こちらは室町時代に鎌倉公方の足利氏満が命じて建てられたお寺だそうです。静かな住宅街奥にひっそりと佇む海蔵寺は端正な山門を抜けるとこじんまりとした雰囲気の良いお寺でした。

 

 

ここで是非足を運びたいのが十六ノ井です。

 

 

仏殿の脇から、表示通りに住宅の裏を通っていくとヤグラの中に16個の丸い穴が空いていて、そこに水は今でも湧いているのです!

これはちょっと感動しますよ!

 

寿福寺

1200年、源頼朝の妻・北条政子が頼朝の死後、頼朝の父である義朝の旧邸後に明庵栄西を招いた創建したお寺である寿福寺はなんとも言えぬ雰囲気のお寺でした。

 

 

石畳の参道を歩くと山門が見えてくるのですが古知多は普段門を閉じています。左右が杉木立に囲まれた幽玄漂う景色はまさに時間旅行!

 

 

こちらには北条政子と源実朝のヤグラが墓地の中にあるそうなので、ぜひチェックしてみてください。

 

 

古都鎌倉を散歩で巡る「鎌倉さんぽ produced by 時間旅行社」第三弾ツアーレポート

「姫コース」はいかがでしたでしょうか?

中世の時代へタイムスリップするお散歩!ぜひ皆さんのご参加お待ちしております。

 

M.K.

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